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東京地方裁判所 昭和32年(行)51号 判決

原告 堀節治

被告 浅草税務署長

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、原告の申立

被告が原告に対し昭和三十一年十一月二十日附でなした、原告の昭和三十年度の所得税に関する課税総所得金額を二百六十万七千六百十円と更正した処分はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

第二、被告の申立

主文同旨の判決を求める。

第三、請求の原因

一、原告は昭和三十一年三月被告に対し昭和三十年度の所得税につき別表第一のように確定申告したところ、被告は同年十一月二十日附で原告に対し別表第二のように更正し(以下本件更正処分という)、且つ過少申告加算税額を決定し、同月二十一日原告に通知した。

二、そこで原告は右処分につき同年十二月十八日浅草税務署に東京国税局長宛の審査請求書を提出したところ、東京国税局長は昭和三十二年六月六日附で右請求を却下する旨決定し、その頃原告に通知した。

三、しかしながら本件更正処分は原告の右年度における課税総所得金額を過大に評価した違法があるから、その取消を求めるため本訴に及んだ。

第四、被告の主張(訴却下を求める理由)

一、本件更正処分に対し、原告は昭和三十一年十二月十八日浅草税務署に、訴外東京国税局長あての審査請求書を出したので、同税務署においては同月二十一日原告に対しこの添付書類として収支計算書を提出するよう補正命令を発するとともに、翌昭和三十二年一月十日に口頭をもつて名宛人を浅草税務署長とした再調査請求に訂正するよう指示したが、原告はこれに応じなかつたので、更らに同月十四日に書面をもつて同月二十一日までにこの訂正を命じたが原告は依然としてこれに従わなかつたし、収支計算書も提出しなかつたため、これを再調査請求としては取扱いえないものと認め、同月二十九日右書面を名宛人たる東京国税局長に送付した。

二、東京国税局長は、送付を受けた審査請求書は、再調査請求の手続を経ない不適法なものではあつたが、原告の利益をも考慮し同年二月十八日に更らに原告に対して、再調査請求に訂正するように指示し、これに応ずるときは期限内に再調査請求があつたものとして取扱う旨を申入れたが、原告はこれに応じなかつたのみならず、審査請求として取扱うためにも収支計算書が必要であつたので三月二十五日付で、四月二日までにこれを提出補正するように命じたにもかかわらず原告はこの補正命令にも応じなかつたので、東京国税局長は六月七日に、原告の審査請求は所定の再調査請求を経ていないし、補正命令にも応じない不適法のものとしてこれを却下する旨の決定をした。

三、よつて原告の本件訴は税法所定の訴願手続を経ない不適法のものであり、旦つこれを経ないことにつき何ら正当の理由が存しないから却下さるべきである。

第五、被告の主張に対する原告の主張

一、昭和三十一年十二月十八日原告が東京国税局長あての審査請求書という書面を浅草税務署に提出したことは認めるが、右は被告宛再調査請求書の誤記である。

右書面は前同日被告によつて受理され、同年同月二十一日附をもつて収支計算書と貸付金明細書を追完するよう補正の通知があつた。

被告が右補正を命じた以上、被告は原告提出の右書面を適法な再調査請求書と認めたものといわざるをえない、更に東京国税局長は昭和三十二年三月二十五日附で原告に対し収支計算書を提出するよう通知してきた。このことは原告からの再調査請求に対し被告の決定があり、原告から審査の請求がなされたことを前提として審査請求に対し実質的な審査を開始したことを意味するものというべきである。

二、仮りにそうでないとしても、昭和三十二年三月中被告は右再調査請求を審査の請求として取扱うことを適当と認め、原告の同意を求めたので、原告はこれに同意したから原告の再調査請求は審査の請求とみなされたのである。

三、また所得税法第四十九条第六項一号により補正を命じうる場合は請求の方式又は手続に欠陥のある場合に限られるものであるが、収支計算書は一連の経済的活動の金銭的一覧表であつて所得の実質に関するものであるからこの不提出をもつて方式又は手続の欠陥ということはできないし、原告には雑所得はないからその収支計算書もありえずこれを提出することは不可能であるから提出しなかつたのである。すると東京国税局長は昭和三十二年六月六日附で審査の請求を却下する旨通知してきた。

四、以上のように被告の更正処分に対しては再調査請求及び審査請求がなされ、且つ審査請求却下の決定があつたのであるから、訴願前置の要件を満しており被告の主張は理由がない。

第六、原告の主張に対する被告の主張

一、仮りに原告が当初東京国税局長宛の書面を浅草税務署に提出したことが再調査の請求と解すべきであり、三ケ月の経過により審査の請求とみなされるにいたつたとしても、原告は昭和三十二年三月二十五日附で東京国税局長が原告に対し命じた補正に従わなかつたのであるから、右請求は不適法として却下さるべきものである。

二、昭和三十二年三月中被告が原告の再調査請求を審査請求として取扱うことを適当と認め、原告に対しその同意を求め、原告がこれに同意したとの点は否認する。

三、東京国税局長は原告のなした審査請求が再調査請求を経ず、且つ証拠書類の添付のない方式及び手続に欠陥のある不適法なものであつたからこれを却下したのであつて審査請求の実体に入つて判断したことはない。

四、原告は雑所得がないのであるから収支計算書を提出しえないし、収支計算書は収支の一覧表に過ぎないからその添付は方式又は手続ではないと主張する。

しかしながら、再調査、審査の請求を要式行為とし、その請求に際しその方式として証拠書類の添付を要求している法の趣旨は、公定力ある行政処分(本件では更正処分)の実体について行政権内部で再度の考案を求める以上、原処分の取消変更をするに足ると認められる十分な資料を提出して、正当な処分をさせるようにすべきであるとの見解に出でたものと考えられる。したがつて行政処分が違法であると主張する者はその根拠を明示すべく、これをしない場合には右請求自体を不適法としてその内容に入らずこれを却下することとされているのである。ところで原告は係争年度において一定の経済活動をなしており、これに伴う確定申告をしているのである。したがつて原告がこれを正当なものであると主張するのであれば、これを裏付ける資料たとえば収支計算書を提出し、税務官庁の調査に供すべきものである。したがつて収支計算書がないからこれを提出しなかつたとの原告の主張は失当である。又、証拠書類として収支計算書等の提出を求める根拠は右のようなものであるから、その添付のない再調査、審査の請求はまさに方式手続に欠陥のあるものというべきである。

五、審査請求が適法でないときは行政事件訴訟特例法第二条にいわゆる訴願の裁決を経たといえないことは多言を要しないから原告の主張は誤りである。

第七、証拠〈省略〉

理由

本件更正処分に対し、原告が昭和三十一年十二月十八日浅草税務署に、東京国税局長宛の審査請求書を提出したところ、同年同月二十一日浅草税務署長は原告に対し収支計算書及び貸付金明細書を提出するよう補正を命じたこと、次いで昭和三十二年三月二十五日附で東京国税局長が原告に対し収支計算書を提出するよう補正を命じたところ、原告はこれに応じなかつたので、東京国税局長は昭和三十二年六月六日附で審査請求を却下する旨決定して原告に通知したことは当事者間に争がない。

ところで更正処分の取消又は変更を求める訴は、審査の決定を経た後でなければこれを提起することができないことは、所得税法第五十一条の規定するところであり、右規定の趣旨は行政庁に対し処分を受けた当事者等の不服の点を考慮した上での処分の再審理をなし処分の公正を期し傍ら徒らに争訟手続をなすことを防止しようとしたものと解すべきであるから、右規定にいう審査の決定は、原則として、適法な審査請求に対し実質的な審理を経た上でなされた決定を指し、行政庁が処分について実質的な審理に入る必要のない不適法な審査請求に対しこれを却下した決定を含まないと解すべきであるが、例外として、審査請求が適法になされたにもかかわらず国税庁長官又は国税局長が誤つてこれを不適法として却下した場合には、本来行政庁に処分について再審理の機会が与えられていたのであるから、却下の決定であつても、これを前記規定にいう審査の決定にあたると解すべきである。

そこで原告の本件審査請求は東京国税局長により不適法として却下されてはいるが、右請求が適法になされたものかどうかについて検討する。

原告が昭和三十一年十二月十八日浅草税務署に提出した書面は、前記のように東京国税局長宛の審査請求書と題する書面ではあるが弁論の全趣旨により成立を認める甲第一号証によれば右書面の内容は本件更正処分に対し不服を申立てる趣旨であることは明らかで、且つ右書面は浅草税務署に提出されており、浅草税務署長も、同年同月二十一日附で収支計算書及び貸付金明細書を提出するよう補正を命じて再調査請求があつたとして取扱う態度を示していたことは被告も認めているところであるから、右書面の表題及び名宛人の記載にかかわらず、右書面の提出により、浅草税務署長に対する再調査の請求がなされたものと解するのが妥当である。

そして右請求がなされた日から三ケ月以内に、右請求につき浅草税務署長が所得税法第四十八条第五項所定の決定をしなかつたことは、当事者間に争いがないところであるから、右請求の日から三ケ月を経過した日である昭和三十二年三月十八日に、東京国税局長に対し審査請求があつたとみなされたものと解すべきである(もつとも弁論の全趣旨から前記審査請求書はすでに同年一月二十九日浅草税務署長から東京国税局長宛送付されていることがうかがわれるが、その取扱の誤りは、再調査請求が審査請求とみなされることにより治癒されたというべきである)。

ところで再調査請求の方式及び手続については、所得税法施行規則第四十七条により一定の事項を記載した再調査請求書に証拠書類を添付してこれをなすべきものと定められており、審査の請求についても、同施行規則第四十八条に同趣旨の規定が置かれているから当初の再調査請求に際し証拠書類の添付を欠いているときは、その請求の方式手続に欠陥があるというべきであり、かような場合に右再調査請求の段階でその欠陥の補正がなされていないときには、再調査請求が審査請求とみなされることによつて当然に右欠陥が治癒されるものではなく、証拠書類の添付を欠く審査請求としてその請求の方式又は手続に欠陥のある審査請求があつたものとみなされると解すべきであり、国税局長は相当の期間を定めてその欠陥の補正を命ずることができ、その補正がされないときは審査請求を不適法として却下できるといわなければならない。

そこで本件についてこれをみると前記甲第一号証及び弁論の全趣旨により成立を認める甲第六号証によれば、原告が本件更正処分に対し再調査請求をなした際前記審査請求書と題する書面の末尾に近日中に審査資料として計算書、明細書及び証拠書を提出する旨記載しただけでその主張を裏付けるような証拠書類を添付しなかつたのみならず、その後も右書類を提出することにより不利益に利用されることを恐れ故意にその提出を拒んでいたことが認められ、更に右再調査請求が審査の請求とみなされるにいたるまでにもこれを提出していないことは弁論の全趣旨から明らかである。したがつて原告の右再調査請求はその方式手続に欠陥があるというべきであり右欠陥は再調査請求が審査請求とみなされることによつて治癒されるものではないから、本件審査請求は証拠書類の添付を欠きその方式手続に欠陥のあるものといわなければならない。

そして東京国税局長が原告に対し昭和三十二年三月二十五日附で四月二日までに収支計算書を提出するよう補正を命じたところ、原告がこれに応じなかつたことは前記のように争いのないところであり、東京国税局長の右補正命令は前記のような審査請求の方式手続の欠陥につき証拠書類として収支計算書を提出するように命じたものであることは弁論の全趣旨から明らかであるから、これに従わなかつた原告の本件審査請求を不適法として却下した東京国税局長の処分には誤りがないというべきである。

原告は東京国税局長の右補正命令は審査請求の方式又は手続の欠陥につきなされたものではなく、また原告には雑所得がないからその収支計算書はありえずこれを提出することはできないから右命令に応ずる必要はなく、また東京国税局長が収支計算書の提出を命じたことは実体的審理を開始したものであると主張するけれどもその理由のないことは前記説明によりおのずと明らかであろう。

そうすると原告は取消を求める本件更正処分につき所得税法所定の審査の決定を経ておらず、又右決定を経ないことについて正当な事由があると認めるに足る証拠もないから本件訴は訴願前置の要件を欠く不適法な訴である。

よつてこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 地京武人 越山安久)

(別表省略)

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